その日本語「やさしい」ですか?
投稿日:2024年06月27日
カテゴリー:ライティング
投稿者:
Ar
最近、街中でも外国人労働者を多く見かけるようになり、コンビニエンスストアでは、外国人労働者が接客していることが珍しくはなくなりました。
厚生労働省の資料によると、2023年10月に外国人労働者は200万人を超え、対前年増加率は12.4%と2022年から6.9ポイントも上昇しています。少子高齢化に伴う労働力不足を補うため、多くの企業が海外からの労働者を受け入れるようになったことで、これからますます外国人労働者数は増えていくことになりそうです。
しかし、異なる文化や言語背景を持つ外国人が日本で生活する場合、さまざまな不便が生じることも少なくありません。当ブログでも何度も触れてきましたが、日本語は誤解や読み間違いが発生しやすい言語です。外国人にとって、公共機関での手続き、医療機関での診察など、日常生活で日本語が大きな課題となることは容易に想像できます。
このような状況を解消し、外国人も安心して暮らせる環境を整えるために、「やさしい日本語」というコミュニケーション手段が注目されています。
今回は「やさしい日本語」についてご紹介いたします。
「やさしい日本語」とは?
「やさしい日本語」のガイドライン
① 日本人にわかりやすい文章に
② 外国人にもわかりやすい文章に
③ わかりやすさの確認
「やさしい日本語」の活用例
「やさしい日本語」の導入例
最後に
「やさしい日本語」とは?
「やさしい日本語」には30年ほどの歴史があります。
1995年の阪神・淡路大震災のとき、日本人の死傷者の割合が1%程度だったのに対し、外国人の死傷者の割合は2%以上でした。これは、英語も日本語も得意ではない外国人が避難情報や支援情報を受け取れなかったことが一因としてあげられています。この反省を踏まえ、外国人に対しても迅速に災害などの情報伝達を行う手段として「やさしい日本語」の取り組みが始まり、新潟県中越地震や東日本大震災を経て、災害時の「やさしい日本語」での発信が全国に広がりました。
文化庁と出入国管理庁が作成している「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」では「やさしい日本語」を以下のように説明しています。
| やさしい日本語は、難しい言葉を言い換えるなど、相手に配慮した |
|
「やさしい日本語」は、外国人などを含む、より多くの方に、日本語で分かりやすく情報を伝えようとする意図があることがわかります。
これは、私たちマニュアルを作成する立場から見ても、非常に大切な視点です。
「やさしい日本語」のガイドライン
ここからは、前出の「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」に沿って、「やさしい日本語」作成のポイントを3つのステップで紹介していきます。今回は代表例のみの紹介となるので、詳しくは文化庁の「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を参照してください。このガイドラインでは「書き言葉」に焦点をあてて作成されています。
① 日本人にわかりやすい文章に
以下の点に注意して、まずは日本人(日本語を母国語とする人)にとってわかりやすい文章を作ります。
■ 情報を整理する
伝えるべきことが何かを考え、読み手にとって必要な情報に絞ります。
情報が不足している場合は、補います。
例文:
大きな地震が発生するなどした場合、安否の確認、見舞い、問合せなどで電話がつながりにくい状況が起こることがあります。
↓
書き換え例:
地震が発生した場合、電話がつながりにくい状況が起こります。
■ 一文は短くする
一文の中に複数の内容が含まれていると、理解するのが難しくなります。
例文:
婚姻をするときは、役所に届出をし、届出が受理されると、婚姻が成立します。
↓
書き換え例:
結婚するときは、役所に「婚姻届」を出します。
役所が「婚姻届」を受理すると、結婚が成立します。
■ 3つ以上のことを言うときは、箇条書きにする
3つ以上のことを接続詞でつないで説明すると、わかりにくくなります。
例文:
入会をご希望の方は、窓口にお越しいただくか、
ホームページでの申し込み、または電話・FAXでお申し込みください。
↓
書き換え例:
入会をご希望の方は、3つの申し込み方法があります。
・窓口での申し込み
・ホームページでの申し込み
・電話・FAXでの申し込み
② 外国人にもわかりやすい文章に
次に、日本語を母国語としない人でも理解しやすいように配慮します。
日本語特有の遠まわしな言い方や、熟語表現のような堅い言い回しをなるべく避けることで、わかりやすさが向上します。
■ 二重否定を使わない
「~ないことはない」「~ないわけではない」「~以上/以外は~ない」といった二重に否定する表現は、わかりにくい原因の一つです。
例文:
在留カード以外は必要ありません。
↓
書き換え例:
在留カードを持ってきてください。
■ 受身形や使役表現をできる限り使わない
受け身や使役の表現は、行動の主体(視点)がわかりにくくなります。
例文:
住民税は、市町村で課税されます。
↓
書き換え例:
住民税は、市町村へお金を払います。
■ 簡単な言葉を使う(難しい言葉を使わない)
対象とする方に合わせてわかりやすくします。
難しい言葉や専門用語はできる限り使わないよう心がけます。
【抽象的な言葉を避けた例】
例文:
お手続きは、休日はなるべく避けてください。
↓
書き換え例:
平日に手続きをしてください。
■ あいまいな表現を多用しない(「ぐらい」、「ごろ」など)
あいまいな時間や数字を表す表現は多用しないようにします。
例文:
ごみ収集車は、月曜日の9時ごろに来ます。
↓
書き換え例:
ごみを集める車は、月曜日の午前8時30分から午前9時30分までに来ます。
■ 文末は「です」「ます」で統一する
尊敬語、謙譲語は使わず、敬語は丁寧語だけにします。
例文:
お越しいただく必要はありません。
↓
書き換え例:
来なくてもいいです。
■ 重要な言葉はそのまま使い、<=・・・>で書き換える
言い換えが難しいときは、その言葉を説明するようにします。
災害用語や日常生活でよく使う言葉など、知っておくとよい言葉はそのまま使い、
言葉の後に説明を加えます。
例:
余震<=後から来る地震>
暗証番号<=あなただけが知っている番号>
③ わかりやすさの確認
書き換え案ができたら、日本語教師や外国人に、わかりやすいかどうか、伝わるかどうかをチェックしてもらいます。ガイドラインでは、日本語の難易度を調べるツールも紹介されています。
改めて「やさしい日本語」のガイドラインを読んでみると、私たちがマニュアルを作成する際に気を付けているポイントが多く入っていることがわかりました。
「やさしい日本語」の活用例
次に、「やさしい日本語」を活用して、マニュアルでよく使う文章について考えてみます。ここでは、「やさしい日本語」のガイドラインに沿って、外国人にとってわかりやすい日本語であるかどうかを基準とします。
例①:「使用に際して、データの損失や変更、故障などが発生しても、弊社は一切責任を負いかねます。」
マニュアル内の免責事項などでよく使われている表現です。
「しかねる」というのは、「ある行動をとりたくてもとれない、難しい」という意味の言葉です。「責任を負いかねます」という表現は、読み手の心情に配慮した日本語らしい柔らかい表現であり、間違った使い方ではありません。
しかし、否定の意味であるにもかかわらず、ぱっと見では肯定表現のように見えてしまうため、わかりやすさという観点では、なるべく避けたいところです。
否定表現であることがわかるように書き換えると、次のようになります。
例①:
「使用に際して、データの損失や変更、故障などが発生しても、弊社は一切責任を負いかねます。」
↓
書き換え例①:
「使用に際して、データの損失や変更、故障などが発生しても、弊社は一切責任を負いません。」
例②:「付属のネジ以外は使用しないでください」
こちらもマニュアル内でよく使われる表現ですが、二重否定になっているので次のように書き換えることができます。
例②:「付属のネジ以外は使用しないでください」
↓
書き換え例②:
「必ず付属のネジを使用してください」(肯定文)
「他の製品のネジは使用しないでください」(否定文)
二重否定を解消するために、肯定文と否定文の2種類で書き換えてみました。
一方で、「安全上のご注意」などで「禁止」を強く訴える場合には、二重否定の文章の方が有効な場合もあります。
「やさしい日本語」の導入例
次に、「やさしい日本語」の導入例として、神戸市の取り組みをご紹介します。
神戸市は、外国人住民が多いことから外国人住民向けの情報発信に力を入れており、「やさしい日本語」も取り入れています。実際に国民年金保険料に関するチラシを「やさしい日本語」を使用して改善した例が、神戸市のホームページで紹介されています。
<改善前> | |
<改善後(日本人向け)> | <改善後(外国人向け)> |
神戸市の取り組みでは、「やさしい日本語」を実践する際のポイントとして、「読む負担を軽減する」「『知らない』が前提」の2つをあげています。
「読む負担を軽減する」
・色や文字の大きさを工夫する
・イラストや図を入れて視覚的な負担を減らす
「『知らない』が前提」
・専門用語や難しい言葉を使わない
・文書を読む際の前提情報(コンテキスト)の少なさに配慮する
いずれも、マニュアルを作成する上でも同じように気を付けたいポイントであると感じました。
詳しくはこちらから
神戸市:「やさしい日本語」で、情報を分かりやすくお届けします
最後に
今回は「やさしい日本語」について紹介いたしました。
外国人向けに特化したマニュアルを作成する機会は少ないかもしれませんが、「やさしい日本語」の考え方は、日本人にとっても理解しやすい、誤解されない日本語を書く上で大切なことが多く含まれていると感じました。また、情報の受け手の立場に立って考えることは、マニュアル作成の際にユーザーを設定して考えることと同様です。
外国人に必要とされる「やさしい日本語」も、マニュアルに必要とされるわかりやすい日本語も、大切なのは情報の受け手に寄り添って考える「やさしさ」であると感じました。